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盛岡地方裁判所 昭和48年(わ)166号 判決 1974年4月25日

主文

被告人を懲役八月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

本件訟訴事実中、被告人が建造物損壊の交通事故を起したのに法令に定める事項を警察官に報告しなかった点については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

一  公安委員会の運転免許を受けないで、昭和四八年九月八日午前七時二四分ころ、岩手県岩手郡滝沢村大字大釜二六字大畑七先道路において、普通貨物自動車(宮四四た二七七四号)を運転し

二  前記日時場所において、岩手県公安委員会が道路標識によって最高速度を四〇キロメートル毎時と定めているのに、これをこえる五七キロメートル毎時の速度で前記自動車を運転し

三  反覆継続して自動車運転業務に従事しているものであるが、前同日午前七時二七分ころ前記自動車を運転し、盛岡市平賀新田字平賀三一の一所在土淵公民館前交差点付近の丁字路を約二〇キロメートル毎時の速度で進行し、右折して同市青山町方面に向かって直進するにあたり、同所は変型交差点で青山町方面に通ずる道路が複雑な形状で幅員も狭く見とおしが悪かったから、減速徐行して前方左右を注視し進路の安全を確認しながら進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、同交差点の直前に架設された橋の欄干に気を奪われるのあまり前方を注視せず進路の安全も確認することなく約四〇キロメートル毎時の速度に加速して漫然進行した過失により、同交差点右側の斉文酒店を近距離に発見して衝突の危険を感じ、あわててハンドルを左に切ったため自車を同所左側の前記土淵公民館に向け暴走させて同館玄関口に突入させ、よって斉藤弥三郎管理にかかる同公民館の柱などを損壊するとともに、その衝撃により同公民館で就寝中の斉藤昭男(当二二年)に加療約一週間を要する頸部捻挫の傷害を負わせ

四  前記三記載の日時場所において、前記自動車を後退させるにあたり、後方の安全を十分確認せず時速約五粁で漫然後退したため、折から後方に一時停止中の境野正治管理にかかる普通乗用自動車(岩五五さ二四三)の左前部に自車の右後部を衝突させ、もって他人に危害を及ぼすような速度と方法で運転し

五  法定の除外事由がないのに、前同日午前七時三〇分ころ前記自動車を運転して同市上厨川字中五二の六先国鉄田沢湖線平賀踏切を通過するに際し、その直前で停止せず

六  公安委員会の運転免許を受けないで、同年五月六日午前一時三〇分ころ、秋田市千秋久保田町二の二ホテルハワイ付近道路において、普通乗用自動車を運転し

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

判示一事実につき道路交通法六四条、一一八条一項一号、判示二事実につき同法二二条一項、一一八条一項二号、昭和四八年四月一〇日付岩手県公安委員会告示第六号、判示三事実のうち、道路交通法違反の所為につき同法一一六条、業務上過失傷害の所為につき刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号、判示四事実につき道路交通法七〇条、一一九条一項九号、判示五事実につき同法三三条一項、一一九条一項二号、判示六事実につき同法六四条、一一八条一項一号。

判示三事実の各所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い業務上過失傷害罪の刑で処断する。

以上いずれも所定刑中懲役刑を選択する。

併合罪加重につき刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も重い判示三の罪の刑に加重)。

刑の執行猶予につき刑法二五条一項。

訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項但書。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実の要旨は「被告人は、判示三記載の日時場所において、同記載のごとく建造物を損壊する交通事故を起したのに、その事故の日時場所等法令の定める事項を直ちにもよりの警察署警察官に報告しなかったものである。」というのである。

そこで判断するに、≪証拠省略≫によれば、被告人は判示二のスピード違反を犯したのち警察官田中昌治郎他一名の乗車したパトロールカーの追跡をうけ、その逃走中判示三の事故を起したものであること、警察官田中昌治郎らは被告人の運転する車輛のまじかに迫り右事故の発生状況を終始目撃したこと、その際右田中らは、パトロールカーを下車して被告人の車輛に近かづき、建物損壊の概要、道路上に散乱した損壊物件の状況などを認識したが、建物内部の状況や斉藤昭男の負傷については認識しなかったこと、被告人においては、建物に衝突後その損壊状況およびその左奥に斉藤昭男の人影をみたが、同人が本件事故により負傷したことの認識はなかったこと、被告人は右事故後の必要な措置をとることもなく、また田中昌治郎ら現場の警察官に所定の事項を報告することもなく、ただちに車輛を運転して現場を立ちさったこと、警察官田中らは、ただちにパトロールカーに乗車し、本署に無線連絡を通じて建物損壊事故の状況について報告するとともに被告人の車輛を追跡したこと、以上の各事実が認められる。

ところで、道路交通法七二条一項後段で運転者らに所定事項の報告義務が課せられているのは、警察官をして速に交通事故の発生を知り、被害者の救護、交通秩序の回復につき適切な措置を執らしめ、以て道路における危険とこれによる被害の増大とを防止し、交通の安全を図る等を目的としたもので、運転者らは警察官が交通事故に対する前叙の処理をなすにつき必要な限度においてのみ右報告義務を負担するものであって(昭和三七年五月二日最高裁大法廷判決)、それ以上に自己が刑事責任に問われる虞れある事項の供述を強制するものと解釈ならびに運用されてはならないこと明らかである。従って、右報告義務は、警察官が事故の発生を終始目撃し、事故発生の日時場所、損傷の有無程度、事故後の運転者らの態度を全て認識している場合には、報告内容の正確性が担保されない第三者等からの報告があった場合とも異り、警察官において被害者の救護および交通秩序の回復をなすにつき必要な事実を全て了知しえているものであるから、右義務の発生の余地はないものと解するのが相当である。

そして本件においては、前判示のように警察官が本件事故の発生を終始目撃し、建物損壊の概要、特に道路上に散乱した損壊物件など道路上の交通秩序回復措置を執るに必要な本件建造物損壊の基本的事実を認識し、必要な事後措置を講ぜずに逃走する被告人を目撃して必要事項を本署に連絡しているのであり、交通行政の掌にあたる警察官署において必要な措置を執るための事実は全て了知しているのであるから(なお、被告人において斉藤昭男の負傷の認識があればその報告義務も問題になるが、この点については本件訴因に含まれていると解することはできない。)、被告人が本件建造物損壊事故につきあらためて報告をなす義務はないものというべきであって、結局本件公訴事実中報告義務違反の点は犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し右の点については無罪の言渡をする。

以上の理由によって主文のとおり判決する。

(裁判官 大内捷司)

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